mendoi-apps

フィードバック

何を直せばいいか分からない指摘は、人を黙らせる

良い指摘は次に直す場所が分かります。後出し基準・抽象語・人格への判定で終わる指摘との違いを、具体例で見分けます。

「もっと相手目線で」

「主体性が足りない」

「臨機応変にやって」

言われた側「で、何を直せば?」

ここが空欄の指摘は、改善につながりません。

赤ペンは入った。でも修正箇所がない。

良い指摘は痛くても使えます。

悪い指摘は、仕事ではなく人そのものへ判決を出します。

良い指摘には「次の一手」がある

たとえば教育資料なら、

「初心者にはこの用語が分かりにくいので、説明を1行足す」

「手順を3つに分ける」

「図を先に置く」

なら直せます。

何が問題で、どう変えればいいかが見えるからです。

「相手目線で」は、そのままだと作業にならない

抽象的な言葉も、具体的な行動まで落とせば使えます。

「分かりやすく」 → 専門用語に説明を付ける。

「主体的に」 → Aまでは自分で決め、Bは確認する。

「臨機応変に」 → 例外が起きたらこの3条件で判断する。

ここまで来れば指導です。

「もっとちゃんと」は、ただの追加パックです。

後出し基準は「何をしても後で怒られる」を学習させる

完成してから、

「今回は別の観点を見ていた」

と言われる。

次はその観点を意識する。

すると別の基準が出る。

これが続くと、受け手は改善より防御を覚えます。

提案しない。

余計なことをしない。

言われた範囲だけやる。

学習した結果が『黙る』なら、教育としてだいぶ悲しいです。

人格へ飛んだら、仕事へ戻す

「適性がない」

「考え方がおかしい」

「普通は分かる」

と言われても、仕事のどこを直すかは分かりません。

そのときは、

「今回の成果物で、具体的に直す場所を教えてください」

「次回は何ができていればOKですか」

と仕事へ戻します。

人格の裁判を続けても成果物は良くなりません。

指摘しやすい人にだけ指摘が集まることもある

聞けば直す。

反論しない。

仕事を拾う。

こういう人には、指摘も追加仕事も集まりやすいです。

それ自体は信頼の表れの場合もあります。

でも基準のない指摘まで全部受けると、負担だけ増えます。

何を直すか。

今回の範囲はどこか。

次の完成条件は何か。

ここを確認していいです。

良いフィードバックは、人を評価するより仕事を変える

指摘の目的は、言った側がスッキリすることではありません。

次の成果物や行動が変わることです。

だから最後に確認します。

「この指摘を受けて、次に何を変えればいい?」

答えが出るなら使える指摘です。

答えが「もっと意識して」だけなら、まだ仕事の言葉になっていません。

指摘は「次に何を変えるか」まで言えて初めて役に立つ

「意識が低い」「主体性がない」「普通は分かる」。こう言われても、次の作業で何を変えればいいかは分かりません。

たとえば資料なら、「数字の出典を各ページに入れる」「結論を1ページ目に置く」「提出前にAさんへ確認する」まで言えば行動にできます。

受け手も、抽象的な指摘をそのまま抱えなくていいです。「次回、具体的に何を変えれば合格ですか?」と聞けば、人格の話を仕事の話へ戻せます。

『もっとちゃんとして』は、便利すぎて何も指定していない万能呪文です。

改善できる指摘には、対象、基準、次の行動があります。人を評価する言葉より、仕事を変えられる言葉の方が役に立ちます。